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更新日:2009年05月27日
タイトル : 桜 ① [龍太郎の今者]


時は大正。
一軒の古びた家屋のにすむ男の物語。


川の流れは絶えず。
その中を流れていきたいと思うのは、私だけではないだろう。

私の名は龍太郎。

龍のように雄々しくあれと父が名づけたのだが、父の期待にこたえることはできなかった。

私の職業は文筆家。

聞こえはいいが、大学を出て早数年。
そもそも、才能があったわけでもなかった。
いまだにあたりというべき傑作もなく、飯のために妖怪物語を書き綴っていた。

この手の話は最近までは人気があったのだが、どうも売れ筋がよくないらしい。
原稿料も入らなくなり、作品の依頼もこなくなった。

これ幸いとばかりに本当に書きたかった純文学を書き始めたのだが、思うものがかけない。
親のすねもかじれなくなり(つまり仕送りを止められた)明日の飯を食べることも難しい。
原稿に向かっては万年筆をくるくる指で回した。

「金も知恵も尽きて、作品を書く意欲まで尽き果てるか・・・」

小説を書くのは幼いころからの夢であった。

私も他の大作家のようにすばらしい作品を世に出すのだと。
もそりと起き上がりよれた服の下から手を伸ばし障子を開け放つ。

「題材を探すために川の方へいってみるか、
運がよければ用紙の升目も気持ちよく埋まるかもしれん」

言い換えれば、気分転換の散歩である。

目の前の真っ白な原稿の上に羽織を置くと、頭を掻いた。
「そういえば、大家から店賃を払えといわれていたな」
川をまっすぐ歩けば大家の家のもとへとたどり着く。

「そういえば港のほうに桜の名所があると聞いたな・・・まだ咲いているだろうか」

そこはわたしの家からずいぶんとはなれていたが、
普段家の中にこもっているわたしにはいい運動だろう。

電車賃がないという、現実もあるのだが。

私は港に向かって歩き出した。
港につくころには息が切れ、日も暮れ始めていた。

「ああ、こんなに疲れるとは」

帰りも同じだけ歩かねばならない。
そう考えただけで、私の足は重りのついたように動かなくなる。
どうするかと思案していると、近くに住む友人の名をふと思い出した。

「草壁の家はこのあたりだったな・・・
久しくあっていないが、少々金を用立ててもらうか」

大学時代に親しくしていたもので、
私が作家を目指して上京してからは連絡は途絶えていた。
ただ、風の便りに草壁がこの辺りにこしてきたというのを耳にしていた。
久々に会うと言うのに金を工面してもらおうなどと、
勝手きまわりないが、あの男なら「構わん」と言うだろう。
いつも外を見て、ボーっとしてることの多いやつだった。

「桜を見に来たのに、もう散ってしまっているか」

若々しい青葉をつけた桜の木を見上げながら、記憶を頼りに草壁の家を探した。
まもなくして、子供を連れた母親に会った。

「すいません、ちょっとお聞きしたいんですがね」

母親は子供の手をぎゅっと握り、私をいぶかしげに見る。
まぁ、確かに妖しい風体だろうな。

「草薙という私と同じくらいの男の住んでいる家を知りませんか?」

母親はさらに眉をひそめ、自分の今来た道をさした。

「この道をまっすぐ行くと橋があります、
それをわたってすぐの道を左に曲がってしばらく行けば右手に桜が見えますから」
「桜ですか?」
他の桜は散ってしまって葉だけになっているのに。

「お化け桜だよ」

子供が私に声をかける。
母親は慌てて子供の手を引いた。

「黙ってなさい、それじゃ」

私はまだ話を聞きたかったのだが、母親がそれをこばみ足早に去っていった。
しかたなく、言われた道をたどり始める。

橋を渡り、しばらく歩いた。

これほど探し歩くようなら、
まっすぐ家に帰ったほうがよかったのじゃないかと考え始めたころだった。

鼻先を掠める風に乗った香り。
顔を上げれば見事な桜が視界に写った。

まるで、そこだけ切り取られた風景画のように、美しい桜。

私は吸い寄せられるようにそこへと向かった。

「これほどまでに見事な桜、見たことはない」

しっかりと地に根を張った桜はその枝を四方に伸ばし
細い枝先には薄紅の花が衣のように美しい模様を描き出している。

思わずその花びらに触れようと伸ばしかけた腕を誰かにつかまれた。

「何をしている!」

相手の顔を見て思わず叫んだ。

「草薙!」

相手も私に気づきつかんでいた腕の力を緩める。
そういえば、草薙の家を探していたのだ。
桜にみとれ一瞬忘れかけていた。

「久しいな、じつはおまえがこちらに来たと聞いて久々に話でもしようと思ってな」

ありきたりな言い訳を口にする。
草薙の方はそれでも私の腕から手は離さなかった。

「家を探していたら、見事な桜があったもんで。
おまえの家の桜なのか?別に枝を折ろうとしたわけじゃないぞ」

草薙は小さく首を振る。

「いや、俺の桜じゃないが・・・」

そういってやっと手を離してくれる。
桜の奥に小さな離れがあった。

「あれが俺の家だ、ちょうどいい俺の話を聞いてくれるか?」

神妙な顔つきで俺をみる。
昔から細いやつではあったが、今暗闇で見ると幽霊のようだ。
いやに真剣な目に私はうなづいた。

「もし、よければ泊まっていってくれ」

「そりゃありがたい」

飯くらい出してくれるだろう。
腹もふくれ、一晩寝れば体力も戻る、そしたら明日また歩いて帰ればいい。
それに、この桜とも離れがたいというのも本音だった。
「たいしたもてなしはできんがな」

草薙の家にあがると家の中が桜の香りで満たされていた。

軒先に座れば桜を見ることができる。
草薙が盃ととっくりをもってきた。

酒よりは飯のほうがありがたいのだが、せっかくなので盃を受け取る。

「おまえの書いた本、何冊か読んだよ」

私の書いた本ということは、妖怪の類のものだ。
恥ずかしい限りで、私は酒を飲む振りをしてそっぽを向いた。

「あれは本当か?おまえはそのたぐいが見えるのか?」

あまりにもまじめに聞いてくる草薙の様子に、私のほうが聞き返す。

「おまえは見えるのか?」

「・・・・・・・・・」

しばらく黙っていたが、ぐいっと酒を飲み干しぽつりぽつりと話し出した。

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