私の前にあるのは小さな箱。
その箱の中に入っているのは甘い蜜。
蜜はてらてらと輝いて、私を誘う。
「食べてはいけませんよ」
そういわれて、私はぐっと我慢した。
言った本人は部屋を出てしまう。
私は、目の前にある箱の中の蜜をじいっと見つめていた。
「おいしそうだね」
いつのまにそこにいたのだろうか。
男の人が隣に座っていた。
そして、私と同じようにその蜜を見つめる。
「食べちゃダメなんです」
そういうと、男の人はとても悲しそうな目を向けた。
「どうして?」
「ダメって言われたから」
「ふうん」
男の人の手がその箱へ向かう。
「あっ」
その指に僅かな蜜が絡まり、それを男の人はおいしそうに口に含む。
「とても、甘くておいしいね」
私はすごく怖かった。
食べてはいけないといわれたのをこの人は食べてしまった。
どれだけ怒られるのだろうかと、不安が募る。
「大丈夫、ここには僕と君しかいないから黙っていればばれないよ」
確かに、指につけたくらいの量では減っているのか分からない。
それに、舐めてしまえば証拠も残らない。
「君は食べないの?とてもおいしいよ?」
その声が私を誘う。
私の視線は蜜に向けられ。
指は自然とそこへ向かう。
でも・・・とその手はとまった。
もしばれたらどうしよう。
「大丈夫、僕は言いつけたりしないから」
その優しそうな笑みに、私の指先は蜜に触れた。
冷たいとろりとした感触と、甘い香が私を誘ってつい、口へ運んでしまう。
「甘い!」
その声は思った以上に部屋に響いた。
そして、気づいたときには男の人は消えていた。
「食べたね」
その声に、私は指先を口から離す。
振り返ることなど出来ない。
私に、食べるなといった本人が部屋に帰ってきたのだ。
「食べてはいけないと、あれほどいったのに」
私は男の人の甘言に乗ってしまったことをひどく後悔した。
そして、どう言い訳し様かと思っているうちに頭がぐらりと揺れる。
「その蜜はね・・・」
その声を最後に私の意識は消えた。
目を覚ますと、私はベットの上だった。
白いシーツがとてもまぶしい。
天井のほのかな明かりと、私を心配そうに覗き込む両親。
「よかった」
その声に私は辺りを見回した。
「ここはどこ?」
「病院だよ」
「なんで?」
「覚えていないの?」
私は頷いた。
「事故にあったのよ」
そういえば、彼の車に乗って対向車が飛び出してきた。
その後の記憶がない。
「・・・残念だけど」
私はその言葉を聞いて涙をこぼした。
そして、私に蜜を舐めるようにいった男の顔も思い出した。
運転していた彼だ。
口の中がひどく甘くてほろ苦い。
「その蜜はね、彼の命の欠片なの」
彼女の声が再びよみがえる。
そうだ、あの時、私に蜜を舐めてはいけないといったのは彼女だ。
対向車の運転手。
彼女の驚いた顔だけが、鮮明に思い出される。
その蜜は命の欠片。
ある人が、愛する人に残した最後の欠片。
恋人を生き返らせるために、自分の命を蜜にして彼女に食べさせた。
その蜜は、何より甘く。
そして、今はとても苦く悲しい味がした。
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